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サマースクールに思う

楽しかったサマースクールもあっという間に最終日。060815_064
4日間過ごした「静山の里」ともお別れです。

簡易宿泊施設「静山の里」の前身は、120数年前に創立した静平小学校。廃校になってからは、給食室(厨房)と食堂、体育館はそのままに、3つある教室を宿泊できるように改装してある。
体育館も玄関も、一周150メートルくらい?の校庭もみんな小さくて、往時も児童数は多くなかったことをうかがわせるけれど、ここにまたこんなに元気な子どもたちの声が、足音が響くなんて、古い木造校舎も幸せにちがいない。

朝食を終えて荷物をまとめ、みんなが(う)パパたちと周辺の里山観察に出かけてしまったあと、残ったスタッフ3人で食堂、厨房を掃除。すっかりきれいになり、がらんとしてしまった施設を見回して、あぁこれでひとつ夏が終わったな・・・・心にすとんと落ちる思い。

正直言って、毎年夏の計画を考え始める頃は「今年の夏休みこそ、どこか別の場所に“遊びに”行こうかな」という考えが浮かぶ。でも(う)ママから声を掛けてもらえれば、つい(ホントに“つい”まぁいいっか、って感じで)受けてしまうのだ。必要としてもらえるというのは嬉しいこと。そして、来てしまえば・・・・「やっぱり、これだな」と思い、終わる頃にはもう、来年に思いを馳せてしまうのだ。
サマースクールのこの場にいることができる、この幸せをどう表現したらいいのだろう?
1年に一度、たったの数日間だけだけど、海での活動だけでなく寝泊りも共にする仲間たち。大暴れしたり、生意気な口をきいていたって、心細くなれば正直に顔に出る。そんなかわいい子どもたちが、生き生きと顔を輝かせて過ごしている。その様子を見ているだけで満たされる。

狩野さんが言っていたけれど、子どもは子どもなりに、子どもの社会の中で悩んだり、嫌なことを我慢したりしている。ストレスを感じているのは大人だけじゃないんだ、と。
そんな普段の生活から少し離れて過ごしたサマースクールを終えて、子どもも大人も明日からはまた、それぞれの日常に戻る。
でも、その日常は、スクールの前と後で同じであるはずがなく。
ここで自分なりに得たものが、それがどんなものであれ、それぞれのこれからの日常の糧となりますよう、心から願う。

060815_070 本日のおまけ:スイカの種とばし
体育館での振り返りを終えて外に出て、記念写真も済ませた後で、管理人のおばさんから差し入れてもらった特大のスイカをいただく。
だれからともなく校庭の縁石に並び、種のとばしっこが始まる。
おや? 大人も混じってますな。

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