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三宅島初訪問

OFにとても縁が深い、というより、その“ルーツ”と言うのが正しい、伊豆諸島・三宅島。
今まで5年以上OFと親しく付き合ってきたのだが、わたしはその地を踏んだことがなかった。
(う)パパなどは、わたしが「三宅島には行ったことがない」と何度言っても信じてくれず、というかすぐに忘れちゃって、「ちぃちゃんは、この前はいつ三宅に行ったんだっけ?」とか「初めて三宅に来たのはいつだっけ?」などと聞いてくる。
普段OFで大きな顔をしているので、そんな誤解?を生むワケだけど、わたしがOFを知り、関わるようになったのは、2001年の噴火後のことだ。

その三宅島に、今、わたしは立っている。
故モイヤー先生がこよなく愛した島に。

昨夜、かめりあ丸で竹芝桟橋から出航。同行者は海&リーダー仲間の(ま)さんと、(う)パパ&(せ)だ。
一応、(ま)さんとわたしが今回の「三宅島ネイチャースクール」の参加者、(う)パパと(せ)がガイドさんという役回り?なのだが、気心が知れまくりの間柄、何の遠慮がいるものか?!
おまけに三宅に着けば、一日早く島に入っている(う)ママと(ハ)も合流する。
わたしにとって初の三宅島訪問は、島に詳しい友人と和気藹々訪れる、個人旅行のように楽しいものとなった。

今朝5時に錆ヶ浜に着岸、近くの民宿「蔵王荘」で仮眠を取った後で朝食をいただき、午前中は車で島内を周る。
車を降りると、硫化水素ガスが空気に混じっているのが感じられる。いわゆる“温泉の匂い”だ。「温泉の匂い~」なんて言っていられるうちはいいのだけど、風向きや場所によっ20079_004ては濃度が高く、鼻や喉や目に刺激を感じて頭が痛くなってくる。そんな時のために、ひと りにひとつ簡易マスクが渡された(写真右)。「三宅島火山ガス用」とあるのがリアルでしょ。
結局使わずに済んだのだけど、使用期限が10月末までということもあり、お土産にもらってきました。
阿古と坪田の一部はいまでも高濃度地区に指定され、人は住めない。その地区を車で通り抜けるのはOKだが、車から降りたり、自転車やバイクで走るのは禁止されている。

20079_006 錆ヶ浜から反時計回りにまずは富賀(とが)へ。
写真左上は富賀神社。島復興のシンボルとして寄付が集まり、現在修復中だ。立ち枯れた白い幹はすべてシイやタブの常緑広葉樹。シイやタブは、生きていくのにたくさんの水分を必要とするために、ガスだけでなく、噴火によって土から水分が奪われたことで枯死してしまったとの(う)パパ20079_007 の解説。これらが生きていた頃の様子は、どんなにか素晴らしかっただろう。
一方、ツバキやサカキはガスにも強く、ツヤツヤの緑色の葉を茂らせている。
富賀神社から歩いて数分のところにあるという、モイヤー先生の旧居は高濃度地区の中。

20079_011午後のスノーケリングの候補地として富賀浜をチェックするが、ガスがキツイ。振り返れば、山の方から薄青い色をしたガスが降りてくるのが見える。
南から来た黒潮が島の東西へと分岐する富賀浜は良いダイビングポイント。今日もスクーバの人たちが数名入っているが、タンクの空気を吸うスクーバと違い、スノーケリングではもろにガス交じりの空気を吸うことになる。さすがの(う)パパでも?頭が痛くなるそうだ。
なので、今日は富賀浜はパス。

高濃度地区を車で抜けて、大路池(たいろいけ)へ。 20079_022
ここはガスの影響は受けておらず、車を降りてみんな思わず深呼吸。「う~ん、いい匂い!」(って、匂いはナイんだけど)
大路池は伊豆諸島で最大の湖。周囲には、ずい分疎らになってしまったとは言っても、シイ・タブ林が残されており、野鳥の声もたくさん聞こえる・・・・オーストンヤマガラ、コゲラ、シチトウメジロ、シジュウカラ。ミサゴやコガモの姿も見かけた。
20079_024 写真左は「迷子椎(まいごしい)」。推定樹齢400年? 
木の下に立ってくれた(ハ)は身長約150センチ。スケールがおわかりになるでしょうか。
うっそうとした林の中で道を見失っても、この樹を目印にすれば迷子にならない・・・・と、この名がついたとか。また、古くから火山の神様を鎮める御神木でもあったという。


ぐるりと島内一周していると、2001年の噴火だけではなく、昭和15年、37年、58年・・・・と、20079_014 あちこちに溶岩流の痕が黒々と残っている。数十年おきに火やガスを噴く山と、その時々で島民の人たちは上手につきあってきたのだ。
2001年の噴火は全島に被害が及ぶ大規模なもので、数年間の全島避難という結果をもたらしたので、全国的に強い記憶となったが、それ以前にもこの島の人々は、島の自然の営みとその都度折り合いをつけ、祈り、生き延びる知恵を培ってきたのだ。

20079_031写真左は阿古の小中学校跡。
昭和58年の噴火で流れ出した溶岩がここまで降りてきて、学校によって堰きとめられた場所。体育館や校舎だった建物跡が見える。
その溶岩の上にはパイオニアツリーであるオオバヤシャブシ(写真下左)やハチジョウイタドリ(同右)が、しっかりと根を張っている。やがて、これらのパッチが大きくなっていき、土が作られ、黒い溶岩全体を緑が覆う日がやってくるだろう。
20079_036 20079_039

2001年の噴火前の豊かな自然あふれる三宅島をわたしは知らない。
それをずっと、とても残念なことと思ってきた。後悔しても遅いのだけど。
(せ)は「初めて来る三宅がこの姿っていうのも、笑っちゃうね」なんていうけれど。
ホント、笑っちゃう。
けれど、知らなかったおかげで、失われたものの大きさを嘆かなくてすむ、とも言えるのではないか。
これからも機会があれば訪れて、人々の生活や自然が回復していく一方の三宅島を見つめていくことにしよう。
そんな風に思えた、今回の旅でした。

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