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慈悲 ということ

ストローベイルのWS、今日が最終日でした。お堂の建築はまだまだ続きますが、わたしたち“素人”が関わるのは、これでひとまず終了。
作業のことはまた改めて書こうと思いますが、今日は心に残る言葉を書き記しておくことにします。

善了寺のお堂作りにおいて、ご住職が大切になさっているもの。
それは 『慈悲の心』
慈悲の心をもってお堂作りに携わり、多くの人の慈悲の心によって建てられたお堂そのものが、慈悲の心を体現する。

慈悲の『慈』は、いつくしむ。
いのちを いつくしむ ということ。

そして、慈悲の『悲』は、かなしみ。
ご住職は、「悲しみを粗末にしないこと」と、おっしゃいました。

人間誰だって、できるだけ悲しみは味わいたくない。
けれど、悲しみをなかったことにする、つまり粗末にするのではなく、
悲しみと寄り添う心。

『いのちをいつくしむ』よりも、『悲しみを粗末にしない』、のほうがずっと難しいかもしれません。

「悲しみを粗末にしない」
この言葉を聞いたとき、3月11日に多くの人を襲った『悲しみ』に意識が飛びました。
そして今なお、たくさんの人が抱えている悲しみのことを思いました。
もちろん、悲しみは震災ばかりではありません。
どんな悲しみであったとしても、自分が感じている悲しみをきちんと認めてあげること。
そして、悲しんでいる人に黙って寄り添っていられること。
わたしも、かくありたいと、強く願います。

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