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『もらう』ものではなく

読むのも書くのも好きなせいか、理系のクセに言葉にはけっこうコダワリがあったりする。
今日は、そんな話をひとつ。

わりと多くの人がよく使う

元気をもらう

パワーをもらう

勇気をもらう

・・・・という言葉に、わたしは、どうしても違和感を覚えてしまう。


元気も、パワーも、勇気も、

もともと 自分の 内に あるもの

そう思っているから。

元気も、パワーも、勇気も、
自分の内側から湧き上がってくるものだと思うから。
それは決して、他人から「もらう」ものでは ない。
べつに、自分だけのことでなく、人は誰でもそうだ、と思っている。どんな人でも。
そう、信じている。

元気やパワーや勇気を「もらいました!」という人は、たぶん
誰かの(何かの)おかげで「元気が(パワーが、勇気が)湧いてきた」というつもりで使っているのだろう、ということは わかる。
だけど、「もらう」と口にした時点で、自分の内には「それらはナイ」と言ってしまっているみたいで、イヤなのだ(笑)

はるか昔、ある人が
「『幸せになりたい!』と思った時点で、その人は幸せでなくなる」みたいなことを言っていた。
自分の内にある幸せに気づくことが、幸せであることの第一歩なのだ、ということなのだろう。

幸せも、元気も、パワーも、勇気も、
外から“与えられるもの”ではないんだよ。


以下、蛇足ダケド。
そんなワケで、わたしは
「人に感動を与えたい」とか、「パワーを与えたい」とか言うのも 大ッキライ。
なんて オコガマシイ のでしょう、と思うのデス。
あと、環境教育系の人にありがちな「(気づきの)タネをまく」というのも、同じ。
“持っている”わたしが“持っていない”あなたに(子どもに)「タネをまいてあげる」だなんて、どんだけエライんだ、と(笑)

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