たまには・・・考える

なんでもない一日

休みの日は、朝起きて、朝食をとりながら、その日やることを決めてみる。
(仕事に行く日は、ランチを食べながら・・・・になることが多い。午前中はほぼルーチンだからね)
といっても、そんなに大げさなことでなく。
たとえば今日なら・・・・

キッチンの流しをピカピカに磨く とか
洗濯物をお日様に干す とか
清潔なリビングで午後の陽射しを感じながらアイロンをかける(ブラウス3枚に!) とか
昨日のレッスンで書きなぐったメモを、ノートにきちんと清書する とか・・・・

そんな、簡単なこと。
でも、やらないでおくと、なんとなく「ああ、またできなかった・・・・」って、心のどこかにオリのように溜まっていくようなこと。

そんな小さなことを、毎日決めて、そして、やる。
ただ、それだけだけど、「決めたことをやる」というのは、「決めたことを、ちゃんとやることができた」というのは、かなりいい気分。
もっと言えば、小さいながらも満足感がある。Peace in mind とでもいうのかな。
自分にOKサインを出す、ともいえる。Good job!good って

もちろん、できないこともある。
そんな時は「ああ、やならなかったんだな・・・・」って思う。
「どうして?」って、理由を分析したり(分析しても、言い訳にしかならないし)、「ダメじゃん」なんて自分を責めたりは、しない。
ただただ、「ああ、やらなかったんだね・・・・」って、やらなかった自分を受け入れる。
ときには、しょうこりもなく、翌日同じことをリストアップすることもある。
するとね、スンナリできちゃったりするんだよ。

ちなみに、今日決めたのにやらなかったことは、
クリーニングに出してあるものを取りに行く、です。
これは、来週またリストアップかな(笑)


・・・・・
ありあわせのもので簡単な、でも温かい夕食を用意して、食べながら振り返っていると、なんでもない一日が「なんだかいい日だった」と思えてくる。
今日もいい日、満足な一日だった・・・・と毎日思えていれば、
人生最後の日にも「いい人生、満足な人生だった」と思えるような、そんな気がするのだ。


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ギリギリだと買えない

駅売りの新聞
電車の時間ギリギリにバスが着くと買いそびれるんだけど・・・・
今日と明日はいつもの朝日に加えて英字新聞も買うことにしよう。
理由は・・・・この人 ↓

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類をみない名演説家とされる新大統領が、どんな就任演説をしたのか、
言葉遣いからしてちょっと興味あり。

ちなみにこのタイムの広告の隣には、「就任演説全文収録!」なるCDの広告。
リンカーンのゲティスバーグの演説やケネディ大統領の就任演説も収録してるんだって。
おお、「オバマ演説集」なんてCDも既に出てるんだ。
そりゃ、そうだよね。
英語を聞くことからすっかり遠ざかってしまっているわたしですら、オバマさんの演説は聴いてみたいって思うもんなぁ。

英語をちょっとマジメに勉強していたころは、海外ニュースはもちろん、いろんな人の演説を課題で聞かされたけど(最近話題のキング牧師の“I Have a dream....”っていう有名なのも聴かされた)、それらに比べてもオバマさんの話は言葉がわかりやすいし、抑揚があってクセが少なくて聴きやすいと思う。
通訳の勉強とかしている人にはおススメかも。

話はそれたケド、予備選挙のときに「わたしに投票権があったらオバマさんに入れる」なんて書いたものの、ホントに大統領になっちゃうなんて・・・・
アメリカも捨てたもんじゃないですね。
っていうか、やっぱりスゴイ国、何かが起こる国だ。いや、素晴らしい。
日本も・・・・なんとかせにゃあ!

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指導者・・・

マリンキッズたちとともに森戸川へ。
今日のプログラムは「学校支援リーダー」の養成講座の実習も兼ねているので、初めて参加するリーダーも何人もいて、子ども10人に対して大人が17人、加えて森戸川を案内してくださる“森戸川村”の方が5人(一緒に歩いたのは2人、焚き火&焼き芋のお世話をしてくださった方が3人)なものだから、なんとなく身の置き場がなく・・・・。
今日わたしに与えられた役回りは「アドバイザー」というエラそうなもので、初めてグループリーダーを体験する人のサポート的立場だったのだけど、それもまったく出番がなく(笑)

「学校支援リーダー」講座をきっかけに、自然体験活動の指導者を目指して新たに集まってきたメンバーを見ていると、数年前の自分の姿を思い出す。
ひとつひとつの対処に悩み、考え。評価会では、他のメンバーや指導的立場の人の言葉を熱心にメモ。リーダーとはどうあるべきか・・・・真剣に模索している。
「ああ、わたしもホントそうだったな」
そんな風に他のメンバーを眺めている自分が、やけにスレてしまったように感じたりして。今ではよっぽどのキーワード以外はメモを取ることもないもんなぁ。

だけど、スレた、というよりは肩の力が抜けた・・・・と考えたい。
リーダーとは“どうあるべき”か???
どんなリーダーになりたいか、理想を掲げるのは大事なこと。
それに向けてのスキルアップも、もちろん大事。
だけど、「こうならなくちゃ」とか「今のままではダメだ」とか、そう考えるのはチョット違う気がする。
逆に言えば「ここまでできればOK!」なんていう答え(ゴール)も、ゼッタイにない。
ましてや他の誰かのようになれるワケもなく。
日々、二度と同じ条件になることはない自然環境の中で、さまざまな感情、背景を持つ“生身”の人間を、“生身”の自分が相手にしているのならば、当然のこと。

5-6年の経験を積んで、やっと最近そんな風に考えられるようになって、ずい分とラクになれた。
それまでは、磯観察やスノーケリングで8人の子どもをサブひとりだけ付けてもらってリーディング・・・・なんて役目を任されようものなら、相当なプレッシャーがかかったものだ。他のグループリーダーの顔ぶれと自分を比べて「うまくできるだろうか」と不安になったり。「仮病使って休みたい~」って、マジで思ったこともしばしば(休む度胸もないクセにね)。
自分はうまくできるのか? 自分に何ができるのか?
自分はどう見られているのか? 子どもたちに、他のリーダーに、OFのスタッフに?
自分は、自分は、自分は・・・・意識が向くのは自分に対してばかり。

だけど、活動の主役はリーダーである自分ではない、あくまでも子どもたち。
自分が彼らの目にどう映るかではなく、自分がどれだけの目を彼らに注ぐことができるのか。
立ち位置のシフト。
これは自然体験活動だけではなく、日常における人間関係においても、かなり機能する。
passive → active へ

・・・・・
そんなことを考えながら参加していた今日の評価会。
本来ならば、リーダー経験が多少ある立場として、いろんなことを“語る”ことを期待されていたのかもしれないけれど、わたしの感想はたった一言。
「“(森戸川に)また来よう!”という言葉が子どもたちの口から聞けたことが、何より嬉しかったです」

「また来ようっと!」・・・・今日の体験が楽しくなかったら出てこない言葉、寒さや雨にメゲていたら出ない言葉
そう考えれば、「また来るね」という一言ほど、今日のプログラムの成功をハッキリと示すものはない。
今日、そんな場にいられたことを嬉しく思う。

これからも、わたしはわたしらしく、他の誰でもないわたしのままで、プログラムに関わっていかれたら。
参加者が最大限楽しく、安全に過ごし、実りある活動にできるよう・・・・もちろん、そうなんだけど、「誰かの“ために”」なんていうことさえも、なんだか不遜な気がする、この頃なのでした。
わたしにできることは、わたしのままで、ここにいる・・・・ということだけだなぁ、なんて。

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検索エンジン

テンプレートを新しくしたら、サイドバーに「検索ランキング」なるものが出るようになった(別に頼んでナイんだけど・・・・笑)
ランキングっていっても多い順ではなくて、単に前日までの検索フレーズが新しい順に並んでいるだけのよう。

それはどうでもいいんだけど、アクセス解析を見ていると、みなさんいったいどんな言葉で検索してこのブログにたどり着くのか・・・・ってのがわかって、なかなか面白い。
近頃はフラに関するキーワードが多いみたい。
で、利用されている検索エンジンもいろいろなんだけど、やっぱり google か yahoo が多い。
でもね・・・・

中には「そんなこと一度も書いた覚えはナイ!!」って言葉でヒットしてくる人もいるんです。お気の毒とは思いますけど。
あるいは、確かに書いたことのある内容なんだけど、うまくそのページにたどり着けてない人もケッコウいる。
で、そういう人が利用している検索エンジンはダンゼン yahoo なんですね~(これはドクダン的評価ではナイですよ)
google を利用している人は、たいていビンゴなページにたどり着いているみたい。そこに欲しかった情報が書かれていたかは知らないけれど f(^_^;)
わたしは以前から、いくつかの検索エンジンを使って、同じ言葉で検索して比べて「yahoo より google」と思っていたけど、やっぱりねって感じ。

このことに気づいてから、もう検索には yahoo を使わず、必ずググることにしました。
みなさんもご参考になさってはいかがでしょう。

そうそう、検索してたどり着いて、でもいまいち欲しい情報じゃなかったときは・・・・そのページだけで諦めるのではなく、ブログ内をいろいろ探してみることをおススメします。ヒットしたページの前後の日記とか、カテゴリー別ページを見てみるとか。
特にイベント関係は、開催前のご案内と、行ってみた感想と両方書く場合が多いので、月別ページを見るとか。
せっかくご縁があって(?)来ていただいたのですから、少しでもお役に立てれば・・・・と思います♪

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この日

今日も朝からミンミンゼミの声がひときわ大きく聞こえていた。
63年前のこの日もそうだったのだろうと想像する。

お腹が空けば食べたい物を食べ、自由になる時間には(ある意味ナンの生産性もない)趣味に打ち込み・・・・日頃の自分を振り返り、それに罪悪感を感じる必要はないけれど、この時代の、この国に、生まれたことで与えられているものを当たり前とせず。

この国の今のあり方がパーフェクトとはとてもいえないけれど、日本国内にも生きる希望を失っている人がいるのも現実だけど、それでも。
今日という日に、この国に生まれた幸せというものに、少し思い馳せてみるのはムダではないと思う。
63年前の日本だけでなく、今現在の地球上にも、戦禍に巻き込まれている多くの人がいることを思えば。

今朝のJ-waveの番組“Tokyo United” では、この日だからこそ聴きたい曲リクエストというのをやっていて、久しぶりにBIGIN が唄う「涙そうそう」を聴いた。
わたしだったら何をリクエストするかな・・・・

♪ Where have all the flowers gone・・・・♪
声高に叫ぶのでなく、この歌のように静かに、けれど強く、意思を持ち続ける。
親しくしている20歳代、30歳代の若者たちが、武器を手にして人を殺す、あるいは殺される・・・・マリンキッズや Kawaiola の keiki たちが、親と別れ、兄弟を失い、夢を奪われる・・・・そんなのはゼッタイにイヤだ。
わたしが、あらゆる戦争を憎むのは、そんな簡単な理由。

黙祷とともに

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そこに暮らす、ということ

昨日の続き。
ジャンルに関わらず、作品作りを生業とする人があえて東京を離れた場所を拠点として活動することの意味について、小寺さんはこんなことをおっしゃっていた。

作家活動をする上では東京に拠点を置くのが最も有利なのは、まぎれもない事実。
にもかかわらず小寺さんが地方を選んでいる理由は・・・・“作家性”と暮らし=生活する、生きるということとは切っても切り離せない。もっと言えば、その土地に足をつけて、根を下ろして生きる、ということが、作家性の根本を成すのではないか・・・・と、最近思い始めたそうです。
自然のありようを表現する・・・・いのちを見つめる上で根を張るべき場所は、やはり東京ではありえない。
「湘南アトリエ散歩」の冒頭、著者がこの本を形にした想いが語られている部分にも、同じようなことが述べられている。

小寺さんとは次元が違いすぎるケド、わたしが葉山という町に暮らしているのも、少なからず“選んで”そこにいる、という感覚は持っている。
週に5日間、都内まで往復3時間半かけて通勤することを考えれば、東京とはいわなくても、もっと便利な都市部に住んだ方がダンゼン楽なことはわかってるんダケド。
にもかかわらず、やはり、葉山なのだ。
小寺さんとはまったく逆の意味で、わたしの場合、自分というものを形作っている大切なものは何か・・・・を考えたときの答えが葉山だったのだ。
生き生きと生きるという視点でみたときの、東京の限界・・・・。
もちろん、東京でイキイキと暮している人もいるだろう。これはあくまでも、わたしの基準で・・・・という意味。

毎日毎日、長時間かけて都内まで通って、でも毎日毎日帰ってくる場所は、大好きな海辺の町。
週末を過ごすのも、ここ。(家を空けてもっと地方に遠征することも多いケド)
仕事以外の、自分の自由になる時間を大好きな場所で過ごすことで、仕事とのバランスを保っているともいえる。
暮らし始めて4年目に入り・・・・相変わらず遠い南の島にも憧れるけれど、当分、ここを動くつもりは・・・・ナイ。

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スーパーな火曜日

結局、民主党も共和党もどちらも決定打は出なかったんですね。
長丁場になりそうな模様・・・・高みの見物してる分には面白いケド。

だけど、あの国の大統領が誰になるかで、日本はもちろん、世界中がいろんな意味で大きな影響をうける(多くの場合は、メイワクを被るとも言える)んだから、全世界の人に投票権が欲しいくらいだよなぁ・・・・って、いっつも思う。
そうすれば、ゼッタイに4年前ブッシュは落選していただろう。

え? もしも投票権があったら?・・・・わたしは迷わずオバマさんに入れますよ♪
マケインさんも共和党にしては見所がありそうだけど、いかんせん、お年がね。
やっぱりここは、若き指導者に期待したいなぁ。

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記念日とはいかに

昨日は8月15日。終戦記念日だ。
昨夜、J-waveの Jam the World を聴いていたら、水曜日担当のパーソナリティー八塩圭子さんが、番組の冒頭でこんなことをおっしゃった。

“終戦記念日”というのには、どうも違和感がある。記念日というのは、嬉しいことや喜ばしいことを記念する日という感覚があるから。だから終戦の日と呼びたい、と。

それを聞いて、ああ、と思わずニヤリとしてしまった。
わたし自身、ついこの前までまったく同じことを感じていて、“終戦の日”にこだわっていたから。
だから八塩さんの気持ちはよく理解できる。
けれど、最近、わたしは考えを改めた。
“終戦”は、やっぱり記念すべき日なのではないかと。

それは、宮本常一さんの著作を読んでからのこと。
宮本さんの「民俗学の旅」(講談社学術文庫)の中に、こういう部分が出てくる。
彼は戦時中、大阪市からの要請を受けて、食糧確保のために周辺の農家を廻って協力を仰いでいた。戦後、その人たちにお礼をいって廻ったときのことだ。

“そのときその人たちの中で「これから先どうなるだろう」と言った者は一人もいなかった。「先生やっと戦争がすみました。これから本当の仕事ができますね」と言ってくれた。実はこの人たちには日本は負けるであろうことはみな話していた。したがって挫折感は少なかったのであろう。”(以上、“ ”内の文章は同書より引用)

そう、その日、農民は、庶民は、もはや戦争の影響を受けずに、戦闘機の影に怯えずに、家族と離れ離れになることなく、自分たちの土地で、自分たちの暮らしを取り戻し、当たり前の日常が再び始められることを、心底喜んだに違いない。
もちろん、中国大陸で、遠く南方洋上で、広島で、長崎で、沖縄で、各地の大空襲で・・・・かけがえのない命を失った数多の人たちのことを思えば、喜んでばかりはいられない。
八塩さんの言葉の意味も、その辺にあるのだろうと思う。
されど。

戦(いくさ)が始まってしまった以上、それを止めることができなかった以上は、さらなる無駄な死が生じないことを約束する“終戦”は、やはり諸手を挙げて喜ぶべきことなのだ。
バンザイは、この日のためにあるべきだった。たとえ負け戦であろうとも。

終戦記念日は、戦が終わった喜びを、改めて思う日。
その日を迎えることなく亡くなっていった何百万の人々の命の上に、今日(こんにち)のわたしたちの社会が築かれているということに、思いを馳せる日。
先人たちの御霊(みたま)に、「二度と戦はしません」、「戦の手伝いはしません」と、誓いを新たにする日。

イラクにも一日も早く“終戦記念日”がやってきますように。
内戦や紛争が続く、その他の国や地域にも。
そして・・・・
沖縄に、本当の意味での“終戦”が、やってきますように。

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真夏の街角にて

昼下がりの外出先、日枝神社付近はいつになくものものしい雰囲気。
官邸や国会議事堂が近いこのあたり、交差点に警察官が立っているのはいつものことなのだけれど、今日立っているのは見慣れた青い制服の人ではなく、特殊な装備の人が複数。黒いヘルメットに体全体を覆う防弾衣・・・・ちょっと見、仮面ライダー風。
普通の制服だって暑そうなのに、この仮面ライダールック?ときたら、その比じゃない。それで陽射しを遮るものが何もない場所に立っているのだから、よほどの体力&精神力の持ち主に違いない。

でも、どうして今日はこんな人たちがたくさんいるんだろう?
と思って、気がついた。
今日は長崎の原爆の日だ。
62年前の今日も、こんな風に晴天で暑い日だったに違いない。
日枝神社の鎮守の木々は重たい緑色。たくさんのセミの声は、すぐ耳元で鳴いているようでもあり、ものすごく遠くから聞こえてくるようでもあり・・・・遠近感を失うような不思議な感じ。

たった62年前のこと。
自分の歴史として記憶している人がいるくらい近い過去のことだ。
わたしの母もそのひとり。この季節、テレビで終戦の特集番組がかかっていると、静かにリモコンを手に取り、無言で他のチャンネルに変える。
わたしが「見てみたいのにな・・・・」と思っていても、戦時中から終戦までずっと東京にいて、大空襲を経験した母からすれば今さら思い出したくもないのだろう。
彼女は、朝ドラの戦争シーンも大嫌いだ。
広島、長崎で原爆に遭った人々の気持ちは、いかばかりか・・・・たった62年前のこと。
子どもの頃、戦争があった・・・・という人たちが、まだまだたくさんこの国には生きている。
中国にも朝鮮半島にも東南アジアにも、生きている。
自分が幼稚園だった頃、小学生だった頃の記憶を、戦争の記憶で置き換えてみれば(かなりの努力、想像力が必要だけど)、それが決して遠い記憶でないことが想像できる。

たった62年前のことを置き去りにして、この国はいったいどこへ行こうとしているのか。
戦後レジームからの脱却って、なんなのよ。
カタカナ言葉でゴマカそうったって、そうはいかない。
わたしたちは、「あなたの国づくり」をあなたにお願いした覚えはない。

・・・・・
原爆、終戦というできごとの哀しみがいっそう募るのは、そのイメージとは正反対の、夏のどこまでも青い空と、眩しい陽射しと、ゆらめく熱気と、カラリとしたセミの声・・・・のせいかもしれない。
数年ぶりに多いというセミの声にクラクラしながら、ボーッとした頭で、そんなことをぐるぐると考えていた、昼下がり。

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あいさつは祈りの言葉

先日の中越沖地震では9名の方が亡くなられた。
災害、事故、事件を耳にするたびに、突然終わってしまった方のいのちのことに思いを馳せる。そして、今はまだ生かされてある自分や親しい人たちのいのちのことを思う。

時々おじゃまして読ませていただいている写真家・小寺卓矢さんのブログに、先日こんな言葉があった。

“僕はときおり、娘たちやカミさんとまた生きて会えるということが、実はとんでもない奇跡なのではないかと感じることがある。当たり前の日常は、じつは当たり前ではないのかもしれないと。 ”

まさにその通りと思う。
数年前にそのことを強くわたしに教えてくれた人がいた。

その人にはずっと定期的にお目にかかってきて、いつもお会いするのが嬉しくて。
3年半ほど前、翌週に会えることを楽しみにしていた矢先、その人は突然この世からいなくなってしまった。
その知らせを聞いたとき、わたしは彼と1ヶ月前に別れた時の様子を思い出していた。
普段どおりに手を振って、ニッコリ笑って「それじゃあまた!」
あの時は確か、わたしから手を差しのべて握手をしたのだった。その時の彼の思いがけずビックリしたような顔をもまた、思い出していた。
珍しく彼と握手をしようと思ったのは、別に、その後の永遠の別れを予感してのことではなかった、と思う。多分。今ではよくわからないけれど。
わたしの意識では、いつも通りの See you again.....だった。

彼から教えてもらったこと、得たこと、学んだことはホントにたくさんたくさんあって、それらは今でもわたしの中で大きな位置を占めている。
けれど、彼が最後に教えてくれたことは、そのどれとも違った意味で、尊く、鋭く、かけがえなく、わたしの中に刻み込まれている。
それは、
「今、目の前にいる人と、この次も同じように必ず会える」・・・・と当たり前に思ってはいけない、ということ。
それは、数年に一度しか会わない友人だけではなく、毎週顔を合わせている仲間でも、毎日一緒に暮らしている家族でも同じこと。もちろん、相手の年齢は関係ない。

だから、また会えて嬉しい気持ちを表す「こんにちは」、「おはよう」
再びきっと元気で会おうねっていう気持ちを込めて「またね」、「さようなら」、「バイバイ」
挨拶はホントに大切なのだ。

MKの活動の中で、なかなか挨拶ができない子どもたちにどう対処しようかと、リーダー仲間で話し合ったこともある。その時も、「なんで挨拶ってするのかな?」「どうして大切なのだろう」という素朴な疑問がメンバーから自然発生した。
答えはカンタン。
挨拶は、単なるシグナルじゃない。祈りの言葉だから。

先日のMKプログラムでは、ママさんライフセーバーが「自分に子どもが生まれたとき、自分は死んでもこの子のことはゼッタイに守ろうと思った。みんな(MK)のお母さんも一緒だと思う。みんなが家を出ていった時と同じように、元気な顔で帰ってくることが、なによりの幸せ」というお話をしてくれた。

そう、「いってらっしゃい」&「いってきます」、「ただいま」&「おかえり」も。
祈りの言葉、というのが宗教くさくてイヤならば、幸せを噛みしめる言葉と言い換えてもいい。
夜、寝ている間に会えなくなってしまわないように、「おやすみ」
朝、いつも通りに目覚めて、また会えてよかったねって、「おはよう」を言うんだね。

いつも通り・・・・それがなんと幸せなことか、いろいろなニュースに接するたびに、忘れないようにと、心に刻む。

中越沖地震でお亡くなりになった方のご冥福を心よりお祈りします。
そして、被災なさった多くの方が一日も早く日常を取り戻せますように。

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